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名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)497号 判決

控訴人 杉谷奈々子

〈ほか二名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 原山恵子

被控訴人 三重県

右代表者知事 田川亮三

右訴訟代理人弁護士 吉住慶之助

右訴訟復代理人弁護士 吉住信百

右指定代理人 浅井甲三郎

〈ほか二名〉

被控訴人 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

右指定代理人 服部勝彦

〈ほか三名〉

右被控訴人ら指定代理人 長井昭夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人らは連帯して控訴人杉谷奈々子、同杉谷厚子および杉谷茂に対しそれぞれ金一〇〇万円およびこれに対する昭和四三年七月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用並びに認否は次に付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する(ただし、請求原因(六)項を「よって被控訴人らに対し、控訴人杉谷奈々子は前項1の相続した損害賠償請求額五四九万三、三三三円と前項2の(1)および3の計一二一万八、〇〇〇円との合計六七一万一、三三三円の内金一〇〇万円、同杉谷厚子と同杉谷茂とはそれぞれ前項1の五四九万三、三三三円と前項2の(2)および3の計七一万八、〇〇〇円との合計六二一万一、三三三円の各内金一〇〇万円および右各金額に対する本訴状送達の日の翌日以降の日である昭和四三年七月四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と訂正する)。

(控訴人らの主張)

本件道路は典型的な山岳道路であって、路上から直接数十メートル下方の谷底が見下される状況にある。したがって、道路上を走る自動車が転落した場合は必ず命を失うといっても過言でない極めて危険な場所である。しかも、本件事故現場は曲線半径二〇メートルの急カーブの内側を削り、コの字型のカーブになっている前方の見とおしの極めて悪い箇所にあって、崩落路面の応急工事のため二メートルないし二・五メートル位急にくびれている。亡杉谷八男蔵は夜間無灯火であったため先導車をたのんでその後方を僅か時速一〇キロメートル位のゆっくりした速度で進行して来たのにもかかわらず、右道路の欠損部分を安全な距離において発見できず、脱輪して転落死亡したのである。道路管理者は自動車運転者が自己の安全を守るために細心の注意を怠らないことを前提として道路を設置、管理すれば足りるものではない。また、復旧工事であるため道路構造令に違反しないというだけのことから直ちに道路の管理に瑕疵がなかったということにはならない。運転者は事故を起すことがあるのだからこそ運転者に不注意のあることを念頭において道路は設置、管理されねばならない。運転者の過失は過失相殺によって公平を図ればよい。本件現場に当時防護設備が設けられていたらたとえ八男蔵に幾許かの過失があったとしても一命を落さずに済んだ筈である。

したがって本件事故は少くとも道路の管理上の瑕疵に起因することは明白である。

(被控訴人らの主張)

控訴人らの右主張を争う。

道路決潰部分の復旧工事の結果決潰部分に至る南北の空地は一見して何人の目にも車両の通行の用に供されていない場所であることを識別しうる形状を呈しており、決潰部分は南方約一六メートルの地点からも容易に発見しうる状況にあったのであるから、車両が誤って該決潰部分に乗入れることは通常予想されないものといわなければならない。本件道路の管理にはなんら瑕疵はなかったものであり、控訴人ら主張の如き過失相殺を容れる余地はない。

理由

一、請求原因(一)項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件道路管理の瑕疵について検討する。

本件道路は三重県熊野市から矢ノ川峠を越えて本件事故現場を経て同県尾鷲市へと通ずる道路であって、地方の山地部に開設された未舗装道路(現在は旧道)であること、本件事故現場を南北に通ずる右道路の西側は高さ約二〇メートルの山腹、東側は谷で深さ数十メートルの崖となっており、本件事故現場に至る南方手前(熊野市寄り)が曲線半径二〇メートルの屈曲部となっていること、本件事故当時には本件事故現場に控訴人ら主張の防護施設、標識が設置されていなかったことはいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

1  本件道路はもともと車道幅四メートル、路肩幅一メートルの道路として開設された紀伊半島の海岸寄りを和歌山市から津市へ結ぶ険阻な道路で、昭和三三年九月一級国道に昇格したものの大部分は未改良、未舗装のままであったところ、昭和四〇年一二月四日建設省令第三三八〇号をもって建設省直轄工事の道路改修工事区間に指定された。右工事は同月五日着工し本件事故当時は現場の北方約一〇〇メートルの地点まで工事が行なわれていたが、不幸にして本件事故現場の道路は改修前の旧道のままであった。

2  本件事故現場は尾根が下方矢ノ川に向って張り出しいる南方から見て左曲りの急カーブの屈曲部に位置し、昭和四二年七月九、一〇両日の集中豪雨によって右尾根筋のすぐ脇の浅いさこ状になっていた路面下の山肌が崩れ、本件事故現場道路東側半分が決潰したため、三重県知事は同年一〇月頃「公共土木施設災害復旧事業費の国庫負担法」による工事としてその応急本工事を施行し、右の決潰場所を原判決末尾添付図面(二)記載のごとく長さ約一〇・三メートル、南側において幅約二・五メートル、北側において幅約二メートルにわたり逆コの字型に石垣を積み上げて補修したうえこの決潰箇所における道路幅員を従前と同じく約六メートルに維持するため道路西側の山裾を幅最大部分で約三メートル長さ約四五メートルにわたって削り取り該部分の道路を従前の位置よりも多いところで約三メートル山腹寄り(西側)に移動させた。

3  その結果、亡杉谷八男蔵が転落した(八男蔵は南方より自車右車輪を右逆コの字型の欠損部分に乗り入れそのまま車諸共谷底へ転落した)本件事故現場を含む前記図面(二)の斜線部分に該当する区域は本来の道路幅よりはみ出した恰好となり、同所を昼間通行する車両の運転者にとっては、その視界の良好なる限り、通常の注意を払えばあえて該部分に自車を乗入れることはなく、したがって八男蔵のように脱輪して転落するようなこともなく通過することが可能であった(前示逆コの字型補修部分の北側に南行車両のために「徐行」の道路標識が本件事故当時設けられていた)。

4  しかし、夜間においては事情を異にする。八男蔵の転落箇所は曲線半径二〇メートルという屈曲部の裏側にあって西側の山腹がその視界を妨げ、逆コの字型補修部分のすぐ北および南の道路東側にはそれぞれ道路開設時に小尾根を切り開いた跡が切通しとなって残っており、北進する車両の運転者の目には進行方向右側の右切通しの山肌とさらにその前方右路肩部分に建てられている工事用飯場の建物が前照灯の照明により相次いで視界に入ることにより少なくとも右各対象物を結ぶ線までは道路があるとの判断に陥り易くよもや右中間に欠損部分がありとは予想しえないような地形となっている(むしろ急カーブの曲り角付近として道路幅が広くなっていると考えるのが通常である。)。その上、現場は七%前後の下り坂で前記石垣を積み上げて逆コの字型に枠取りをした欠損部分が従来の道路の右側部分にあたるのに北行車両に対しては前記図面斜線部分への進入を阻止するための標識、標示も欠損部分の存在を予告する警戒標識も設けられていない。ところで、夜間自動車の前照灯の機能は遠目の場合でもその車両の前方すなわち本件の場合は先導する樫平卓雄運転の車の車体の向いている方向の前方しかもその最も明るい部分は相当前方を照射するにすぎず急カーブにおいては自車の直前の下方を確認することは余程著明な反射物のない限り困難な構造である(殊に前照灯が近目の場合にはその主光軸は車両中心線よりやや左偏した構造になっており進行方向右側すなわち本件の場合谷側の確認は十分ではない)。まして右先導車の尾灯を頼りに追従しようとした八男蔵は先導車の前照灯の照明によって該危険部分の確認が十分可能であったとはとうていいいえないところである。また、叙上の状況にかんがみるときは、バッテリー上がりのため自車の前照灯の照明がきかない八男蔵としては左カーブの現場においてできるだけ手前から先導車の尾灯を確認するために、道路中央寄りにふくれて走行する必要があったものと推測され、かつ、道路左側の高さ二〇メートルの山腹は自己の乏しい視界に立ちはだかる威圧物として聳えることも考えられ、もし同人がそのそばぎりぎりを走行することになんらかの抵抗、躊躇を感じたとしてもあながち不思議ではないと認められる。

しかるに、現場には前記のように北行の車両のための夜間運転者の視覚に訴えうべき反射板、警戒標識あるいは直接転落防止のための僅か数メートルのガードレール等容易に設置することのできる防護施設は一切設けられていなかった。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右を総合すると八男蔵の転落死亡と本件道路管理者の管理のしかたとの間には相当の因果関係があり、かつ、道路管理者には本件事故現場の地形の特殊性から南行車両に対してのみならず北行車両に対してもその夜間運転の際の危険に備えるため前示防護施設の設置を要求せられるものというべきであり、これをしなかった道路管理者には管理の瑕疵がある。

被控訴人らは前記図面の斜線部分は交通の用に供する道路部分を構成しないから本件転落事故に責任がないとか、本件事故現場の道路が山地の道路としての通常備えるべき安全性を保有していたとか主張するけれども、これらはいずれも本件事故現場の危険性にあえて目をつぶった主張であって採用の限りではない。また、災害復旧工事には当時の道路構造令のうち一級国道等の構造基準を定めた部分の規定の適用がないとしても、そのことから直ちに前記危険箇所の放置についての免責を理由ずけることはできない。なお、たまたま本件事故当夜が月のない闇夜であり当時八男蔵が黒の色眼鏡をかけていたことは≪証拠省略≫によって認めうるけれども、≪証拠省略≫によれば八男蔵は自動車の運転に際し眼鏡の使用を義務づけられていたもので、≪証拠省略≫によれば右色眼鏡は視力矯正の目的をも兼ねていて八男蔵がその日常生活においても使用していたものであることが認められるから右は過失相殺の際考慮されるべき一事情たるに過ぎないものというべきである。

三、よって、被控訴人国は国家賠償法第二条第一項により、同三重県は同法第三条第一項により、いずれも本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

四、進んで損害額について判断する。

(一)  亡八男蔵の損害

1  逸失利益

≪証拠省略≫を総合すると本件事故当時八男蔵は三五才で運送業を経営していた者であって、少な目に見積っても年間一四〇万円の純収入があり、これから同人自身の生活費を控除しても、少なくとも年間九〇万円の得べかりし利益を喪失したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によれば死亡時三五才の右八男蔵の就労可能年数は二八年であるから、同人は本件事故に遇わなかったならば、これから先なお二八年間運送業を営み、毎年少なくとも右同額の利益をあげ、計二、五二〇万円の利益をあげえた筈である。そこで、右金額からホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して本件事故当時におけるその現価を算出すると一、五四八万円となる。

2  死者の慰藉料

八男蔵は本件事故当時中年の働きざかりであったにもかかわらず本件事故によって妻子三人を残し先立たなければならなかったのであり、その精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円をもって相当とする。

控訴人らは八男蔵の妻および子であることは被控訴人らの自白するところであるから、八男蔵の右1、2の被控訴人らに対する損害賠償請求権を各三分の一宛(五四九万三、三三三円)相続したというべきである。

(二)  控訴人らの固有の慰藉料

本件事故により

1  控訴人杉谷奈々子は最愛の夫を失い二人の子供をかかえ将来に対する不安は限りないものと認められるのでこれが慰謝料としては一〇〇万円をもって相当とする。

2  控訴人杉谷厚子、同杉谷茂は幼くして父親を失ったものであり、その精神的苦痛は大なるものがあると認められるのでこれが慰謝料としては各五〇万円をもって相当とする。

(三)  葬式費用その他の損害

1  ≪証拠省略≫によれば控訴人らは八男蔵の葬式費用として少なくとも一二万円、遺体引取の費用等として一万二、三五〇円を出捐した事実が認められ、その主張額中右認定額をこえる部分についてはこれを認めるに足る証拠がないが、右認定額については本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

2  ≪証拠省略≫によれば、八男蔵が本件事故の際運転していた自動車は同人が二〇万円で中古車を購入しこれを部品を逐次新らしいものに取替え使用して来たところ本件事故により矢ノ川川原にまで転落しスクラップ同然の状態になったものであることが認められるが、その損害額を認めるに足る証拠ない。

従って控訴人らはこの項の損害は右一三万二、三五〇円の三分の一(四万四、一一六円)宛というべきである。

(四)  過失相殺

控訴人らの損害は控訴人杉谷奈々子につき(一)の五四九万三、三三三円(二)の一〇〇万円および(三)の四万四、一一六円の合計六五三万七、四四九円、控訴人杉谷厚子、同杉谷茂につき各(一)の五四九万三、三三三円(二)の五〇万円および(三)の四万四、一一六円の合計六〇三万七、四四九円宛となるところ、亡八男蔵には被控訴人ら主張のような過失があるので右損害額の一〇分の八を過失相殺によって右各損害額から差引くと被控訴人らに対し控訴人杉谷奈々子は一三〇万七、四八九円、その余の控訴人らはいずれも一二〇万七、四八九円の各損害賠償請求権を有するものというべきである。

五、よって右各請求権の範囲内で被控訴人らに対し金一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日以後の日であることが記録上明らかな昭和四三年七月四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める控訴人らの各請求はその余の点の判断をするまでもなくいずれも理由があり、これを認容すべきところ、右と結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消して控訴人らの各請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 土井俊文 吉田宏)

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